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3月11日

震災で辛い思いをしている宮城県の子ども達の力になれたらとささやかな支援を2011年から続けている。友人の住む山元町へも。3月11日はそれを行う日と決めている。ささやかだが祈りをこめて我が家のできる元気をおくりたいと思う。

先日、実家の母は安堵の表情とともに 2011/2/11(震災1か月前)だだちゃさん転勤のため仙台から神奈川に引っ越したつれづれ家族のことを思い出して「本当によかった」とつぶやいていた。もしもあの日 家族が仙台に住んでいたら 実家の父母もだだちゃさんの父母も心配で眠れぬ日々をすごしていたこととおもう。偶然のこととはいえ だだちゃさんの転勤は最大の親孝行であったと思う。

でも だだちゃさんとつれづれは できることなら 仙台で役に立ちたかった。私は避難所となった職場で だだちゃさんは会社で・・・。無力な自分が本当にむなしかった。

ありがたいことに 長男けっさんは震災の年4/1に東京の通信系の会社に就職し2012年からは宮城県に配属され 宮城のために頑張ってくれた。(現在は東京へ戻っています) また、当時東京の大学で建築学部で勉強をしていた次男ゆっけさんは ゼミの活動として石巻市北上町復興支援住宅のランドスケープ整備の手伝いをして 宮城の復興に関わってくれた。二人の息子たちの姿に私達夫婦は、どれだけ心が救われたことだろう。

神奈川に引っ越す前に薔薇アイスバーグを通して知り合ったいちごmamaさんのご家族との交流でもたくさんの元気をいただいた。いちごmamaさんのお父様に山元町の被災地の様子を案内していただいた2012年3月。忘れることのできない1日だった。いちごmamaさんによると山元町の復興は進んできているとのこと うれしい限りだ。

私にとって 3月11日は 震災で亡くなった方々のご冥福を祈る日であるとともに 日々のなにげない生活が何よりも大切で幸せなのだと自覚する 初心に戻る日でもある。

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コメント

>日向夏さん
山元町のことを日向夏さんはご存知とのこと。驚きました。宮崎市と山元町のことを少し調べましたら宮崎市の職員の方が2万人以上復興支援として派遣されその数は全国一番の多さだそうですね。子どもたちの交流もたくさんあるようです。
あぁ なんてうれしいことでしょう。

九州も津波は他人ごとではありません。防災についてしっかり考えないと!と思いながら日々の生活に忙殺されてしまっている私です。

投稿: | 2016/03/11 21:31

覚えていますよ、仙台から神奈川へ引っ越したあとに震災でしたよね。運が良かったと素直に喜んでいいと思います。あの地震がもし日向灘だったとしたら、立場逆転。山元町の復興の地図(平面図)は見たこと有ります。山元町は宮崎市と姉妹都市だった気がします。股関節が悪くなかったら、退職後に「応援に行こうかな?」と思ったことが有ります。今は、祈るしか無いです。

投稿: 日向夏 | 2016/03/11 20:12

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